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Complete Sonny Rollins inJapan

Sonnyのalbumを聴いてていつも思うのは、Sonnyよりも他のmembersのplayの方が素晴らしいということ。

Saxophone ColossusではbassのDoug Watkinsが、

Tenor Madnessでは、Red GarlandPhilly Joe Jonesが良かった。

どちらもSonnyのplayが一番凡庸に感じた。

多くのJazz評論家やJazzファンにはお前にはJazzを聴くセンスがないと怒られそうだけど、それが僕が何十回も聴いて感じた正直な感想だからしょうがない。

Saxophone Colossusのような歴史的名盤のSonnyのplayが凡庸に感じるって口にするのは、僕だけなんだろうなあ。

で本作。

初めてSonnyのplayも良いと思った。

でも他のmembersのplayの方が良いと感じるのは相変わらずだけど。

まあ、St. Thomasのようにタルいplayしてるなあって感じる曲もあるけど。

でもLP版では、Saisのような素晴らしい演奏が収録されなかったのが僕にはわからない。

逆に他の曲を削って、PowaiiとSaisの2曲だけにした方が良かったと僕は思う。

会社とdiversity

Wisdom of crowdsが機能するには、crowdsの規模が大きく、かつdiversityが高いことが2大条件であるという研究結果がある。

会社にそれが当てはまるのかはわからないけど、規模が大きくなってもdiversityの低い会社は成長が鈍化するのは想像できる。

とは言うものの、diversityの低さが日本企業の強さの要因の1つだった時代もあるわけで。

結局、業種によってdiversityの重要性は違う、というつまらない結論に落ち着くしかないのかな?

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結局、獅子の門には届かなかった修羅の門

今更だけど修羅の門の最後の対決は納得いかない。

なんで命のやり取りをしたことのない海堂が、命のやり取りを何度もしてきた九十九よりも実質的には強かったのか。

九十九が一応勝ったけどそれは陸奥の技術のおかげ。

リアリティが無さすぎる。

正直、海堂は姜子牙よりも弱いと思うんだけど。

訳のわからん理由で空王になった海堂が、阿修羅王の九十九を圧倒するというのは、リアリティが無さすぎる。

何故ここで獅子の門を挙げたかというと、

知ってる人は知ってると思うけど、修羅の門の作者は、獅子の門の作者の夢枕獏ちゃんに無茶苦茶影響を受けてるから。

その影響され具合は、修羅の刻の第一巻の後書きを読めば一目瞭然。

笑ってしまうほどの夢枕獏節だった。

そして獅子の門の最後の対決はまさにリアリティがあったから。

獅子の門のラストは、主人公の羽柴彦六とそのライバル久我重明との死闘。

普通の物語なら主人公が勝つところを、この作品では久我重明が勝ち、主人公の羽柴彦六はもう普通の生活もできなくなるほどまで叩きのめされた。

これはまさに、久我重明の師匠との対決以降、命のやり取りをほとんどしていない彦六と、常に命のやり取りをする環境にいた重明との「差」による当然の結果だった。

そして最後の彦六の台詞通りに、彦六は歩けるようになったら鳴海の元を出ていくのだろう。

そしてまともに体の動かない彦六は何かの争いに巻き込まれ、野垂れ死にするのだろう。

獏ちゃんが彦六を死なせずに済ませたのにはそういう意図があったのではないか。

根無し草で死闘のためにのみ生きた男の末路は、野垂れ死にじゃなくてはいけないと、獏ちゃんは思ったんだろう。

もし重明との死闘で彦六が死んでたら、その場にいた彦六を慕う者達によって手厚く葬られただろうから。

最後に。

ぜひ獏ちゃんに書いてほしいのは、彦六の最後の死闘を見た後の加倉文吉の物語。

何故こんな殺し合いをしなければならないのか理解できなかった文吉に、どういう心境の変化が訪れたのか。

ぜひ!ぜひ!

零細書店を救うためにも、コンビニからエロ本排除を

個人経営の零細書店では、エロ本が重要な収入源だったりする。

なのにそれがコンビニで簡単に買えてしまうと、零細書店の首を締めることになる。

特にコンビニに置かれてるのは、売れ筋のエロ本だから余計たちが悪い。

コンビニにエロ本を置くのは止めましょう!

コンビニなどの小さな子供が入れる店には、エロ本は置いてはいけないようにしないと。

今のようにヒモで縛っても、多数のエロ本の表紙がコンビニに並んでるのは異常でしょ。

小さな子供が好奇心でエロ本の中身を見ようとしてるの、見たことある人多いと思うんだけど。

それみると、やっぱヤバいと思う。

ネットで見放題だからと言ってリアルを規制しないってのは屁理屈だよ。

ホントにみんな夢の中では色が付いてないって感じてるの?

よく夢の中では色が付いてないと言う。専門家だけじゃなくて、一般人でも。

ホントにみんなそう感じてるの?

俺、今まで一度も夢の中で色が付いてるかどうかなんて、意識したことがない。

そもそも色が付いてないと違和感ありすぎで熟睡できないと思うんだけど。

俺はこれは夢だとわかってて、夢の内容にツッコミをいれることがたまにある。

1度は夢の内容があまりにも残酷な展開を始めたので、いい加減にしろ!と叫んで目を覚ましたことがある。

このように他の人よりは客観的に夢を見ることが出来てると思うんだけど、夢の中で色が付いてるかどうかなんて一度も感じたことがない。

ちょっと話は違うけど、私は昔不眠症気味なんだけど。

23歳のとき一回全く眠れず、次の夜も眠れないことがあった。

で、布団の中で考え事をしてるとそれが加速して勝手に話が展開し始める瞬間がある。あっ、夢が始まった、と思ったら目が覚めてしまった。

つまり眠りに入ったと思った瞬間に目が覚めてしまうわけだ。

2日目の夜は一晩中ずっとその調子で、ホントに発狂しそうになったことがある。

で2日連続で一睡もできなかったため、次の日はバイトを休んだ。

東寺百合文書

東寺百合文書は京都府立総合資料館にあったので、思い入れが深いです。

国会図書館の試験がなければ、博物館実習は京都府立総合資料館になって、直に東寺百合文書に触れることができたんだけど。

まあ、代わりに三井寺に泊まって元版大蔵経の修復作業という、貴重な体験ができたのは良かったけど。

あ、それと、文覚上人がいなければ、東寺百合文書は残らなかったかもしれない。
文覚をただの破戒坊主だと思ってる人、それは大きな誤解ですぞ!
文覚がいなければ、神護寺も東寺も潰れてたかもしれないんだよ!
文覚上人に感謝!

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