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4歳の思い出

記憶に残っているのは、薩摩郡東郷町に住んでいた4歳のときから。

覚えている一番古い記憶は、まだ3歳の頃だったかもしれない。
昼寝していて目が覚めたら、母親が健康診断のため500mほど離れた役場に行っていて家にいなかった。
それで泣きながら、役場まで走って行った。
なぜ役場にいるとわかったのかまったく覚えてないんだけど、それよりもずっと不思議だったのは泣きながら走っていったこと。
なぜなら、4歳の時のそれ以外の記憶では、一人で家で留守番していても全然平気だったから。
それが、このarticleを書いている時に、やっとわかったような気がする。
この前のarticleに書いたように、私は3歳の時に1ヶ月だけ保育園に預けられていた。
つまり母親がまたいなくなるかもしれない、という恐怖がまだ残っていたからなんだろう。

当時は、兄や兄の友達と一緒に遊んでいた。
今考えると、よく4歳も離れた弟と一緒に遊んでくれていたものと感謝。
小学2年生の時に、4歳の弟が一緒についてくるってのは、自分だったら嫌だな。

この時、よく遊んだのは"メンコ"。
メンコといっても、丸いメンコじゃなくて、カード。
当時は駄菓子屋で10円(5円だったかな?)で2枚入りのカードを売っていた。
もちろん、どんな写真かは買ってから袋を開けないと見ることはできない。
そしてカードの後ろに当たりの印があったら、そのカード用のアルバムをもらえるというやつ。
当時は、"ゴジラ"シリーズのカードが多かったと思う。
あとプロ野球選手や"ウルトラマンレオ"のカード。
このカードを灯油に浸して乾かして、メンコとして遊ぶ。

兄が小学校に行っている間は、家で、兄が買ってもらっていた小学館の"小学2年生"や学研の"学習"を読んだり、その付録で遊んだりしていた。
だから小学2年で習うことは4歳の時には知っていた。
もちろん、九九も4歳の時に覚えた。

4歳の時に見たTVで特に強く印象に残っているのは、"ウルトラマンレオ"、"ゴレンジャー"、"アクマイザー3"

"レオ"は最初のエピソードで、"宇宙人が夜に通り魔となって人を殺す"というのがあって、主人公がお世話になっている家の父親が殺されてしまう。
これを見てから、父が仕事から帰るのが夜遅くなると心配になったのを覚えている。

あと"アクマイザー3"の女のアクマ族"ダルニア"が怖かった。
当時住んでいた家では、トイレに行くには外に出ないといけなかったんだけど、夜トイレに行くとき、庭に"ダルニア"がいるんじゃないかと怖かった。

父が仕事で夜遅くなるときは、夜に兄と2人で父の職場に弁当を届けに行っていた。兄だけが頼まれたのに私が勝手についていっただけかな?

近くを流れる川内川が氾濫して、床下浸水。
42年生きてきて、運がいいのか、洪水の被害にあったのは、この時の1回だけ。

オートバイにひかれる。
スピードを落としてくれていたので、頭を打ったのと膝をすりむいただけで、入院することもなかった。
運がいいのか、意識を失ったのは、42年生きてきて、この時の1回だけ。
病院から帰ってきたら、チョコボールの"おもちゃのカンヅメ"がちょうど届いていた。

高所恐怖症はこの頃から。
国鉄の東郷駅に行くには、川内川にかかっている橋を渡らないといけなかったのだけど、それがものすごく怖かった。

散歩で母親とレンゲソウの花がいっぱい咲いているところで遊んだ。
これがよっぽど楽しかっただろう。この時からレンゲソウが一番好きな花の一つになる。

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